山中浅間神社

三神を祭る浅間神社

平安時代の承平元年(西暦931)、郷民社殿を造営し、三柱の神(木花開耶姫命、天津彦々火瓊々杵尊、大山子祇命)を勧請して奉ったことが、山中浅間神社の始まりです。 江戸時代に入り、寛政四年(1792)十二月二十日には日本殿、雨屋、拝殿を再建し、石灯籠の建立をなしました。ところが、大正八年(1920)の火災により、全社殿を焼失。同十二年に再建され、その翌年には手水舎神興殿が新築されています。 昭和四十七年(1972)には社殿(五十坪)が鉄筋コンクリート屋根銅板葺の荘厳な建物に改められ、建物新築後には手水舎神興殿も再建され、現在に至っています。
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